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長男・次男の字

長男に使う字や次男に使う字というのは、あらかじめ決められているわけではありません。

昔のように、子どもが多かった時代は、次男は、「ニ」、三男は、「三」、四男は「四」...というように順番に数字を入れた名前がありました。

長男では「一朗」や「純一郎」の他に、「太」を使い、「慎太郎」「太郎」などは、長男を意識して使われた名前です。少し後の時代では、「一翔」「翔太」が長男の名前によく使われていました。次男では、「仁」や「〜之介」が使われました。


「太郎」とは名前ではなく、「長男」という意味の普通名詞だったそうで、日本国語大辞典で「太郎」を調べると「長男の称」とあり、「太郎は惣領の子也。次郎は二男也。三郎は三男也」と書いてあります。

「次郎」も「三郎」も、もともとは名前ではなく普通名詞だったようです。太郎、次郎、三郎の名付けは58代天皇の光孝天皇が皇子に付けたことが始まりだそうです。

野球選手の鈴木一郎さんは、次男です。お兄さんが「一泰」さんだそうです。「一」は長男に使うという意識はなかったのでしょうね。

昔の時代は、長男が家を継ぐと決まっていましたから、この家の跡取り息子は誰だか、本人や周りの人に認識させることが必要で出来た風習のようです。

現代は、平等ですし、一人っ子も多いですから、あまり気にしなくても良いと思います。

昔は、厄年に生まれた子、病後、長子の早世、歯が生えて生まれた子(鬼子)、病弱な家系の子、容姿が少し違った子などは、一度川や道に捨てて、のちに知人に拾いあげてもらう風習がありました。そうした子は丈夫に育つとのことから生まれてものです。

豊臣秀吉も長子が幼い頃になくなったことから、次に生まれた子が無事に育つようにと子どもを捨てて、子どもを「拾い」とまで名付けたそうです。

また、拾ってもらった人を拾い親、辻親と呼んで、将来の子どもの庇護を頼んだりして、後見人のような形をとり、子どもを見守っていくという意味もあったようです。

現代と違い、幼児の死亡率は驚くほど高く、子どもが無事に育つことは親の切実な願いだったのでしょうね。

今は、医療が整い赤ちゃんの死亡率はウンと下がっていますが、出生率も下がっています。

時代により、風習や文化も変化します。長男次男の意識や役割もあまり重要視されません。一人ひとりの赤ちゃんに寄り添って、大切に育ててあげて下さい。